遺跡馬鹿のイベント潜入記

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古代エジプト文明展

ファイル 28-1.jpg国立カイロ博物館所蔵

古代エジプト文明展

横浜そごう美術館で開催


▼久しぶりのデパート開催イベント…、東京の博物館に比べるとお客が少なかったです。
平日だったせいもあるんでしょうが…。
展示品も少な目で、いつも混んでいてウンザリしていた私にとってはかえって新鮮でした。
▼今回はシャーペン使ってメモ取っていたんですが、係りの人の目が気になって仕方なかったです。
やはりメモは遠目からでも分かるトンボの鉛筆にしたほうが無難ですね。

まず一言、この展覧会…「四大文明展-エジプト」と完全にだぶってます。
しかし、1年ぶりだし、ある意味より抜きのダイジェスト版ばかりが並んでいるので、四大文明展は混んでいて、ゆっくり見られなかったな~なんて人には最適です。

今回、注目していたのは新王国時代18王朝のアクエンアテン王(イクナートン王/アメンヘテプ4世)関係の品々です。
なんたって、これを書いている今、このファラオに関する本が脇に山と積んである状態なんですから…。
興味を持ち始めてあれこれ調べていたファラオの品々が、突然、自分の前に現れたなんて……。
四大文明展は去年の8月。まだ日本中を展示品が回っていたなんて知りませんでしたから、まさに奇跡的な再会でした。
その頃はアクエンアテン王の顔は知っていても、彼の波瀾万丈の人生については何もしりませんでした。インターネットで展示内容を確認したとき、本当に我が目を疑いました。
会場でも展示品見ながら泣きそうに感動してしまいました。
タイミングって大事ですね。本当にそう思いました。
四大文明展の感想を読みかえしてみると、なんだかつまんない書き方してますね…。
もったいないというか、お馬鹿というか…。何もわかってない自分がそこにいて、恥ずかしいです(懺悔)。

ツタンカーメンの王墓を発掘したハワード・カーターがのぞき穴から王の宝物を確認しているとき、背後からカーナボン卿に「何が見えるかね」と尋ねられ、「はい、すばらしいものが」と答えた…というエピソードを思い出しました。
本当に感動している時はこんな返答しか出来ないものです。今の私もそうなんですよ…。


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質問:「エジプトの王朝って何?」
答え:前280年頃、エジプトの神官マネトーはその血筋により過去の王朝を30に分けました。
現在もそれにそってエジプト王朝を分けています。


Ⅰファラオの興り-先王朝時代(前5000年)~古王国時代(前2180年頃)

統一王朝成立の立て役者、ナルメル王の説明看板とその頃作られたカバをかたどったパレットが展示の目玉…、他は書記の像とかそんなのばかりです。以外に飽きてしまう書記の像(本心)。
この頃の王宮はサッカラにあり、この地の神の代表は、プタハ神、ネフェルテム神、セクメト女神なので、名前に「○○プタハ」とつく書記が多い。
ギザの二番目に大きいピラミッドを造った「カフラー王」の座像がありました。
威風堂々とした姿は男前!


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Ⅱファラオの隆盛-中王国時代(前2040年)~第2中間期(前1565年頃)

この時代は国の中心が下エジプトのメンフィスから上エジプトのテーベ(ルクソール)に移りました。

ここの見所は「メンチュ・ヘテプ」のステラ(しっくい画)で、その絵に描かれた神への供物がおいしそう。当時のエジプトは本当に食材が豊かだったのが分かります。
特に肉がうまそうです。

このコーナーの目立たない石碑にエッチな神様がいます。「豊饒の神-ミン」です。男の神様で、大事なところが…。興味のある方は会場へGO。姿はエッチですが、古代エジプトではとても信仰されていた神様です。


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Ⅲファラオの栄光-新王国時代(前1560年~1070年頃)

前1700年頃、政治的混乱に乗じて、アジア系のヒクソスが侵入し、エジプト史上初の異民族王朝が樹立しました。しかし、上エジプトのテーベ(ルクソール)にあった第17王朝がこれを駆逐し、新たに第18王朝(新王国時代)を開き、エジプトは再び統一されるに至りました。それ以降、エジプトは史上最強の国家として繁栄を極め、エジプトの国際的役割も以前に増して大きなものになりました。
首都テーベを中心に多くのすぐれた記念建造物、美術品が遺されたのもこの時代です。

ファイル 28-2.jpg 図1 アクエンアテン王の立像の上部
砂岩:ルクソール東岸:東カルナック・アテン神殿


アメンヘテプ4世は、太陽神アテンを唯一神とする宗教改革を行い、自らの名をアクエンアテン「(アテンに有益なもの)の意」に改めました。
この立像はもともと高さ5m以上の巨大なオシリス柱として、治世2~5年にかけてつくられ、カルナックのアテン神殿に設置されたものです。
特徴は細い目、分厚いクチビル、とがったアゴなどです。
この像を展示場でジ~っと見ていると、像の白い砂岩が月の光のようにかがやいて、冷たく、荘厳な姿に感じられます。今にも話しかけてきそうな、息づかいも…。

感想:
治世初期の頃の彫刻なので、知性的で美しく、ファラオとして充分な魅力もった人物だったことが伝わってきます。顔つきが病的といわれますが、そうか?ぜんぜん感じませんね、私は…。
とても素晴らしい彫像だと私は言い切ります。
毎晩、このファラオのことを調べているので、より愛着を感じます。


ファイル 28-3.jpg図2 アクエンアテン王のナオス(祠堂)

アクエンアテン王はアテン神を崇拝する多くの記念物をつくりました。
アテン神を象徴する太陽球から発せられる光線は、アテン神からの祝福を表し、それを受けるアクエンアテン一家が描かれています。太陽光線の先端は掌の形をしており、生命を象徴する「アンク」を王の鼻先にかざしている様子が描かれています。
王と共に祝福を受けているのは、王妃ネフェルティティと王女メリトアテンです。

感想:
思ったより大きくて、てっきり石版だと思っていたので、びっくりしました。横にはえぐられたような穴がありました。
彫り込み線が深く、強い強い太陽光線で人や物の輪郭が黒々と浮き出て見える、そんな瞬間を捉えていて一見地味ですが、なかなか印象的な彫刻です。


ファイル 28-4.jpg図3 アマルナ王宮の彩画
プラスター彩色:テル・アマルナ出土


古代エジプトの王宮は、日乾しレンガで建造されていたため、保存状態が悪く、ほとんど残されていません。ただ、マルタカ王宮とアマルナ王宮の2つは例外で、建物を装飾していた彩画片が多数発見されています。
この彩画はアマルナ王宮の床面のもので、パピルスが生い茂るナイル河畔の光景と草むらからオナガガモが今まさに飛び立とうとしている瞬間を描いたモノです。


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Ⅳファラオの交流-第3中間期(前1070年)~末期王朝時代(前305年頃)

なんとなく目玉のないコーナーですが、ちょっと気になったのが、「56番-シェブ・エン・セペデトの座像」です
足下に3体の神が描かれています。3体とは、イシス女神とネフティス女神を従えるオシリス神…。これって四兄弟の内、セト神だけ描かれていないんですよね。
時代が下がるとセト神をあがめる人々も出てくると読んだような気がするので、まだこの時代は嫌われものだったのかな?と理解しました。

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Ⅴファラオの輝き-黄金の遺産

図4 ハゲワシをかたどった襟飾り
ルクソール西岸:王家の谷「55号墓」

男性のミイラの頭に被せられていた状態で発見されました。発見当初は、ミイラはツタンカーメン王の一代前の王、スメンクカーラーのものとされていましたが、近年ではアクエンアテン王のものとする説が強いそうです。
黄金の板のノミで丹念に叩いて施された繊細な細工は、当時の高い加工水準を示しています。右足は欠損していますが、左足の爪は永遠を象徴する輪「シェン」をつかんでいます。

感想:
スメンクカーラーもアクエンアテン王も、若くして死んじゃったりしているから、この永遠を表す輪もかえって無情を際だたせているようです…。あーでも、本物が見られて本当に嬉しい。アテン神に感謝!

おまけ-マリア像の原型?

図5 ホルスを抱くイシス女神:末期王朝時代(前1085年~前671年頃)

この像はキリスト教のマリアと子の原型になったものではないかと言われている、ちょこっと有名な像です。確かに母乳をあたえようとしている瞬間の様子はイコンなどでも見られるデザインですよね。

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質問:神殿と葬祭殿の違い
神殿とはあの世に住んでいる神々たちが祭りや儀式に参加するためにこの世にやってきた時の住まいとなります。
葬祭殿はファラオの葬儀を行う場所で、葬儀に列席した神々たちがそこに気にいって再び来ることがあるだろうと考え、儀式が終わっても建物を取り壊さなかったそうです。

チケットの黄金マスクは「プスセンネス1世の黄金のマスク」です。
このファラオ像、不思議なんですよ。この展覧会のチラシのファラオは向かって左の黒目が薄く、はげかかっているんですが、四大文明展のチラシは「黒々」としているんです。
「あっこれ見たな~」という感じでよく見てこなかったんですが、実物はどうなっているんでしょうか。
これから行く方、よく見てきてください。


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おみやげコーナー

★ 「エジプトはナイルの賜物」というわけで、パピルスで描かれたエジプトチックな絵柄…ツタンカーメンとか、死者の書の一部みたいのとか……。全100種類(そごう談)
でもでも、絵が下手なんです。ヘッポコなんです。それでも30×30センチで3000円くらいするんです。
しおりサイズで600円。名刺サイズで300円。
ヘッポコすぎて買わなかったんですが、今おもえば、アクエンアテン王のものだけでも買っておけばよかったかな。
あとはラスベガスで作らせたような、ファラオが組み込まれたボールペンもすごかった。ペン全体が金色(^_^;)。ちょっと欲しかった…。
ノートもヒエログリフをバックに刷り込ませたカッチョイイのもありました。あと、いかにもブームに乗った「一筆箋」数種類売ってました。
エジプト輸入の銀のアクセサリーは以外にステキでした。
と、まぁ、あいかわらずですが、なんと「早稲田発掘チーム・オリジナルジャケットと帽子」がなぜか売ってました。
誰が買うの?